孤独を友とし真の友人を家族とせよ

孤独の意味を知る

「孤独を友とせよ」こんな言葉ありますね。
経営者の立場の人はよく言われる言葉ですが、私は何も経営者やリーダーにかかわらず、これが出来ないと色々な意味で成長しない気がします。

誰にでもいい顔をしようとすれば八方美人となり、いずれは愛想をつかされますし、真の自分がわからなくなります。また、新しいことをやろうとすれば周りは敵だらけです。ほんのささいなことでも自分とまったく同じ考えを持った人などいませんので、必ずどこかでぶつかり、独りになることがあるわけです。
その孤独を受け入れて自分自身で決断し、自分自身で責任を取る、例えば人に誘われて始めたことで何か失敗があっても、誘われたが、やると決めたのは自分だという認識を持つことですね。

例えば管理職で言うなら

管理職たるもの
「優しい人間はリーダーになれない」や
「上司は嫌われてなんぼ」というのよく言われます。

たしかに一理あると思いますが、それはあくまでも最初の印象や、こと仕事の一面であり、本当に優しくもなく嫌われていたら人はついてきません。
ですが、それを周囲がわかってくれるまでには長い年月がかかる場合もあります。そうした時に孤独を恐れてしまうと媚を売ったり、集団意識に流されてしまいます。

ただ、誰の意見も聞かない単なるわがままの「独りぼっち」
ここで言う「孤独」は違いますからね。
あくまでも最後は自分一人だという認識の問題です。

つまり誰とも交流を持たず、孤独に生きろということではなく、独りが当たり前ということを理解し、その気持ちを共有できるような人間が現れれば真の友人になれると思います。

ここに時間や距離や年齢は関係なく、何年ぶりに会おうが楽しく話せ、どこにいようがその人のために飛んで行って体を張れますし、年齢に関係なく尊敬できる相手は家族となりえるのです。

いなくても影響力のある人

いつも一緒だから仲がいいというわけではないんです。
3日に1回は一緒に酒を飲むからではないんです。
もちろん毎日一緒のやつでもいいんです。

ただ、仮に全然会うことができなくても、次に会う時には恥ずかしい姿は見せれない、笑ってしゃべりたい、そういう思いだけで普段から結構強く居れるもんですよ。
真の友人は会っていない時でも、その力を発揮するんです。
ただしその関係は築きあげるまでに最低でも数年はかかると覚悟はしましょう、そう簡単に家族はできませんからね。
しかも作ろうと思ってできるものでもなく、かといって、強い思いがないとできないという、いわば強い想いが作る奇跡の産物でもあるわけです。

その軌跡の産物、真の友人ができたその時、あなたは孤独ではなくなります。
私から言わせると「親友」は親しい友達
「真友」は真の友達ですからね
私の中では意味は全く違うものなんですよ

つまり私からすると、孤独を友にすることによって真友が出来て
結果的には孤独ではなくなるのです。

シェアする

  • このエントリーをはてなブックマークに追加

フォローする