人間関係のストレス解消方法の行き着くところ

ストレスは当たり前、諦めが肝心?

人間関係にはストレスはつきものです。
家族であろうが、彼氏や彼女であろうが
人と人が接すれば、必ずストレスは出てきます。

共有する時間が長ければ長いほど出るでしょう。

このストレスを解消する方法とは何でしょうか?
今回は仕事ではなく、完全にプライベートな仲の
友人知人、身の回りの人たちを対象に考えます。

よく言われるもので、究極のストレス解消方法
諦めることである」というのがあります。

これは単純に諦めるという投げやりなものではなく
自分の領域」と「人の領域」の認識を持つということになります。

人は違って当たり前、人を変えることはできないというのが
この考え方です。

ストレス VS ストレス

ストレスを解消するために相手に何かを求めることは
相手にとってストレスであるという考え方があるんです。

例えば身近な話でいうと、メールやラインの返信速度。

あなたが速く返すタイプの人であれば、時間をおいて返すタイプの人は
「いつまでたっても返信が来ない!」と
あなたにとってストレスになるでしょう。

ですが、あなたにとっての改善を相手に求め「早く返信してよ」と
投げかければ、それは変身を早く返さない相手にとってはストレスとなるでしょう。

つまり、もともとのタイプというものがありますので
それを無理やり変えることはできないわけです。

もちろん割ると処ならなおすべきですが、その「悪い」という基準が難しいのです。

価値観が違うだけで悪いと思ってはいない

世間一般で見て非常識なことならともかく、そうでない場合は単純に性格や価値観の違いであったりします。これは変えろというのは相手にストレスを与えるわけですね。

すなわち、違うタイプの人は諦めるしかないわけです。
ここからは選択肢の問題で、諦めて付き合うか
距離を置くか、付き合いを切るかということになります。

もちろん諦める前に、話をしてお互い歩み寄るということは
したほうがよいでしょう。

しかし、それを踏まえても、やはり人の領域に踏み込み
人を変えるというのはなかなか難しいことです。

また、話し合ったことで、あれだけ言ったのに直らない、変わらないとさらにストレスを生む場合もあります。

逆にあなたが他人に、ああしろ、こうしろと言われたら
ストレスを感じるでしょうし、素直にそれに従いはしないでしょう。

どれが常識、非常識?

ここで難しいのが、お互いにその自分の主張を「常識」と考えることです。

お互いが、こんなの常識だろ?と思うことが
ぶつかったときにお互いに更なるストレスになるのです。

仕事の弊害など、実害が出ない限りは人の考え方を尊重し
自分と人は違うんだ」と
諦めることがストレスの軽減方法なのかもしれません。

本当は個人的には「諦める」という言葉は使いたくないのですが
一番わかりやすいかなと思い、使わせていただきました。

かっこいい言い方をすれば「人の領域に踏み込まない」ですかね?

ただし、これは個人的な(私生活の)話であり、会社など、組織となると全く変わってきます。

組織に属する以上、ルールがあり、それを守ってこそ協力体制が出来上がるからです。

あいつと俺は違う、では成り立ちません。

あくまでも個人的な人間関係のストレスで悩む方は一度考えてみてはいかがでしょうか?
結構、気持ちが楽になるかもしれません。